ようこそみやおの入院日記へ
Bonjour!次女・みやおです。不肖私めの部屋へようこそ。
同じ病気の人、こんなアホも居ます。大丈夫よ。
そうでない人も、転ばぬ先の杖として。まあごゆるりとしてってよ

  発症〜入院迄のいきさつ  
「あれ?おっかしいなあ〜・・・。」 気付けば見るものすべてが二重になっていた。

コーヒーにミルクを入れようとすれば、カップの外に注いでいる。 電車に乗って向かいの窓を見れば、同じ景色が窓枠の所に上下に二つ、きれいにはまって見える。 階段を降りれば、階段の平行線がくわんくわんと歪んで踊る。 99年7月、私の見る世界はそんなんになった。

始めは、その頃たまたま作ったコンタクトのせいだと思った。でも、裸眼でもヘンなことにちょっとしたら気付いた。 合わせて人から、 「何かさあ、目え開いてないよ、どしたの?」なんて言われることも多くなった。右目が2/3ほどしか開いてない。ひどい時は、お岩さんみたいにまぶたが下がった。
「まあ何気に色っぽくて、いいかも知んない。」とか言われても、本人どんどん不安になってゆく。
・・・一体あたしはどうしちゃったの〜?・・・  

それから8月中は、私をこんなんにした犯人を捜すべく、あちこち駆けずり回った。
去年の夏は、暑かった〜。仕事もストップせざるを得ず、まさに全力投球。まさかCafeの仕事をこんな形で辞めるとは思わなかった。悲しい。

まず病院を当たった。眼科、脳神経外科と回り、たどり着いたのがあまり馴染みのナイ神経内科という所であった。
その合間を縫って、カイロプラクティック、整体にも足繁く通ったもんだ。
5月の終わりに仕事場で派手にすっ転んで腰を強打したことがあり、そのせいで骨がずれておかしなことになってるのでは?と同居人が見立てたのだ。
結果的には病気と関係ない身体の歪みは治り、姿勢が良くなったかな・・・。
でも、Oリングテストというカイロ独特のやり方が興味深かった。
人差し指と親指でリングを作り、先生が片方の手をリングに、もう片方の手を患者の身体にかざしてゆくのだ。
悪い所に当たると、どんなに力を込めてもリングは開いてしまう。
ちなみに私の場合、胸腺 の上に手をかざしたら、見事にぱっくり開いちゃった。
身体が拒否反応を起こして、おのずと力が入んなくなるんだって。
へえ〜。面白い。身体は偉いなあ。

8月19日、新横浜の労災病院・神経内科を受診する。
あっさり初診にて病名がほぼ確定してしまった。
重症筋無力症、通称MG。

数年前、萬屋錦之介がかかりちょっと有名になった病気らしい。
その日は帰りに本屋に寄り、分厚い家庭の医学を何冊も広げ読みあさった。
10万人に数人の発病だとか、国から治療費が出ちゃう特定疾患いわゆる難病だとか、
私にとっては限実離れしたダイソレタ文章がちかちかと頭をめぐっていた。
 ・・・どーゆーこった!マジですか?・・・
その後外来にて検査を重ね、ひとまずMGである、と診断が下った。
治療には入院が必要であるが、どうしますか?とのこと。

実は、私がその時住んでいた所は横浜の市が尾という所だったのだが、やはり入院となるといろいろと世話がかかるので、実家のある千葉大の方へ既に入院を申し込んでいたのである。
心苦しくもその旨を伝えると先生、
「あ、そうなの。それは良かった。あそこはMG得意だよ。良かった良かった。」と、嫌な顔ひとつせず検査結果など持たせてくれたのである。
ちょっとサエキけんぞう似のセンセ、ほんとにどうもありがとう・嬉しかった。
この場を借りてお礼しますね・・・。

かくして入院の運びとあいなりました。
限られたそれ迄の日々、決して病院では味わえないであろうごはん(タイ料理、インドカレー、イタリアンに、台湾料理・・・)を食べまくったことは言うまでもありませぬ。

さあ、あとはまな板の上の鯉になるだけ。来るなら来なさいって感じ〜。
あたしの夏は、まんま病気に捧げた様なものであった。